2015年5月17日日曜日

蔵前橋通りを歩く

先日、市川駅から千葉街道、蔵前橋通りを経由して湯島駅まで歩く。地図上では15km程だがGPSロガーでは20kmとある。精度のため余分になっているが、写真を撮りながら歩いたので正味は17km程度と思われる。
ルートはMYMAPに掲載。

2014年4月18日金曜日

Google Maps V3で地図を表示する

2014年1月3日金曜日

都心のビル群

 ここ半年程、東京駅周辺つまり大手町、丸の内のビルを撮ってまわっています.ビルの建て替えがここ2-3年多くなっておりいつのまにか高層ビルに変わっています.建て替え前後を同じ位置から撮れるといいのですがなかなかチャンスをとらえるのは難しいですが、まだ老舗のビルが残っているのでチャンスはあるのですが、一方で残ってほしいという思いもあります. 通りを往く-丸の内・大手町-

2013年8月4日日曜日

小名木川を往く

荒川、旧中川から隅田川まで小名木川を歩きました.
総歩数26,000歩.
主な通過スポット:
荒川:船堀橋、荒川ロックゲート
旧中川:平成橋、平井大橋
小名木川:番所橋、塩の道橋、丸八橋、砂島橋、進開橋、越中島支線橋梁、クローバー橋、小名木川橋、小松橋、扇橋閘門、新扇橋、新高橋、大富橋、東深川橋、西深川橋、高橋、新小名木川水門、萬年橋
隅田川:清洲橋
MY MAPへのリンク

2013年7月28日日曜日

目黒川の橋巡り

目黒川の中目黒川上流側の橋を巡った. 目黒橋、中の橋、南部橋、柳橋、千歳橋、天神橋、緑橋、朝日橋、宿山橋、桜橋、別所橋、東急東横線・東京メトロ日比谷線橋梁、日の出橋、紅葉橋

2013年7月21日日曜日

日本橋川を追加しました

日本橋川の下流側はすでに東部に記載済ですが、今回神田川からの分岐からを歩きました.右側のリンクに追加しました.

2013年7月7日日曜日

マイマップリンクを増設

歩行ルートが増えてきたため右側に表示しているマイマップページを増やした.今回は本郷地区を分離させた.
6月に堀切から東大島まで歩いた荒川添いはとりあえず隅田川のページに掲載.

2013年7月1日月曜日

本郷を横断

 先日、千駄木駅から団子坂上、今はそういわないようだが千駄木小へ通じる藪下通りで動坂上、そこで左へだいぶ行ってから左折して団子坂方面へ戻り、鴎外記念館を見る. 更にこれは今も呼ばれる藪下通りで東大方面へ出て菊坂下、壱岐坂、壱岐坂下、牛天神、巻石通りを通って江戸川橋、音羽通りで護国寺前、不忍通り、目白通りで目白までを歩く.
歩数は23500歩.

2013年6月2日日曜日

日比谷公園・愛宕通りから明治通り渋谷まで

日比谷公園から渋谷駅まで歩く.
経路は、
日比谷公園-内幸町-西新橋1丁目-愛宕2丁目-芝公園3丁目ー東京タワー前-赤羽橋-新一の橋ーパティオ十番-麻布山入り口-四の橋-天現寺橋-広尾1丁目-恵比寿橋入り口-渋谷橋-並木橋-渋谷駅
ポイント 日比谷公園、放送記念碑、愛宕神社、NHK放送博物館、虎ノ門3街区森タワー、グリーンヒルズ森タワー、東京プリンス、東京タワー、赤羽橋、一の橋、麻布十番、天現寺橋、渋谷駅
私のMY MAP都西部へのリンク

2012年10月28日日曜日

山手通り

10月になってさすがに涼しくなり、通り歩きもできるようになってきた.今月は山手通りの富ヶ谷から品川までを天気の関係で中目黒を挟んで2回に分けて歩いた.右側のリンク都西部を参照.大橋ジャンクションから目黒不動あたりまではまだ高速道路の工事が続いていた.先週から腰を痛めており座っていると特につらくできるだけ歩くようにしているのだが..

2012年7月14日土曜日

両国から隅田川テラスを言問橋

まで行き、そこから川沿いを外れて待乳山聖天、山谷堀公園を抜けて吉原大門、三ノ輪まで行き少し戻って泪橋、南千住のコース.
歩数計は約15,000歩.コースは右側リンクの隅田川を参照.

2012年5月20日日曜日

桜田通り

五反田駅前から神谷町まで桜田通りをを歩く.道は広く近代的な町並みだが、沿道には神社、寺が多くところどころ古い町並みも残っている.右側のリンク都西部を参照.

田端付近の2つのトンネル

田端-駒込間のJR路線には2つのトンネルがある.1つは田端トンネルで、山手線内回りの更に内側を田端まで走ってきた京浜東北北往きが、田端大橋の北側でトンネルへ入り、短いトンネルを出るとすぐに山手線のガード下を潜って山手線と分かれていく.もう一つは中里トンネルで、湘南新宿ライン、埼京線が使っている山手貨物線にあり、池袋方面からくるとまず中里踏切の東側で山手線の下をくぐり、すぐにこのトンネルへ入り、中で大きくカーブしながらトンネルを出ると更に京浜東北線と交差する.これらを撮った写真は、右側のリンク、"通りを往く"の都北部を参照.

2012年5月2日水曜日

地図の追加

これまで、都内の通りの歩行・撮影履歴として中心部、東部、北部、西部の4つ、また今は無い河川跡を訪ねた履歴の5つのページをその都度アップデートしてきているが、今回鉄道に関連した撮影履歴の地図を追加した.車窓からの撮影が主だが駅を外から写した物などとにかく鉄道に関した写真を撮影して回る.まずは山手線から.

2012年3月31日土曜日

大久保通り、春日通り

飯田橋から東新宿まで大久保通りを歩く.この通り沿いには古くからの町の名がそのままのこっている.筑土八幡町、箪笥町、納戸町、矢来町、二十騎町、加賀町、薬王寺町など..大久保通りは、柳町がかつて大気汚染でイメージが悪かったが、今は昔となり神社や寺も多い落ち着いた町に戻っている. 春日通りは、以前に江東区の栗原橋から富坂下までその東側を歩いたので、今回はそこから池袋までを歩いた.通りは小石川台地にあり、路地に入ると坂が多く歩きを楽しめる.中央大、かつての教育大、お茶ノ水女子大、拓殖大、跡見女子大、始め大学が多い場所でもある.
 MAPのリンク先は、大久保通りは通りを往く-都西部、春日通りは通りを往く-都北東部

2012年2月4日土曜日

マップの整理

右側のリンクを更新した.通り歩きを記録しているマイマップの一部が1ページの制限で自動的にページ分割されてしまったので整理したのと、今は埋められてしまったかつての川や堀のマップも作り始めたのでそのリンクも追加した.

2012年1月9日月曜日

築地

東銀座で晴海通りと交わる昭和通りには、新橋から江戸橋まで半地下の車道があり、かつてここを流れていた三十間堀川を利用して作られた.また東銀座近くの万年橋はその下を首都高速が走るが、これもここを流れていた築地川を利用した.更に南東に築地本願寺を左に見て行くと、門跡橋の信号辺りで道路が盛り上がっていてその左右には駐車場が入船橋辺りまで続いていてこれも築地川の名残で、入船橋の近くでは川底がそのまま運動場になっている.埋められはしなくても、日本橋川のように川の上に高速道路が作られ川面に陽も当たらないのも残念なことである. この辺りは、日本橋や深川とともにかつて川が多かったのであるが、元々は江戸時代に東京湾を埋めた際にできた水路だったようである. 今回の歩きは、東銀座から晴海通りを勝鬨橋まで行った後、門跡橋まで戻って先ほどの駐車場沿いに入船橋までいき、そこから新大橋通りを八丁堀、蛎殻町、水天宮、浜町、新大橋と歩き、浜町公園から人形町まで戻って約8kmの道程であった.

2011年12月11日日曜日

紀尾井坂

地下鉄半蔵門駅を降り、麹町一丁目の交差点まで出る.ここから新宿通を東へ行けば200m程で皇居半蔵門である.今日は新宿通を西へ行くので交差点にあるラーメン店でラーメンを食べ、新宿通りを歩く.間もなく、クッキーで有名な泉屋のビルが見えてくる.クッキーのあの青いカンのような色のビルである.その先には老和菓子屋も..この辺り、どういう訳かお菓子系が多い.お菓子だけでなくカップなんかも売っていた小さな店でピーナッツを買った. 有楽町線の麹町駅近くで路地へ入るとちょっと賑わった通りになる.コーヒーショップの最近の有名店が揃って店を出している.お客が多いのだろう.FM東京通りとか言うようだ.清水谷坂を下り左に入ると清水谷公園がある.公園の前はオーバカナル紀尾井町があり、テラスにでてお茶などを楽しんでいる.その右側にはタルト教室で有名な45°CENT QUATRE VINGTS(サンキャトルヴァンと読むらしい)があり、丁度始まったタルト造りの教室を横に見ながら、大変においしいタルトとコ-ヒーを楽しんだ.自由に読める置いてある本を読んだりして一時を過ごす.その辺りを過ぎて更に南に行った先は外堀になり、弁慶橋を渡ると赤坂見附、あるいは戻って左に上がると紀尾井坂でそのまま上智大学の前の外堀土手を歩けばイグナチオ教会の先に四ッ谷駅.途中の土手からは丸の内線が地下から地上に出るところを見ることができる.

2011年12月3日土曜日

消える昔の建物

子供の頃都電でよく行った日本橋にあった和紙専門店"はいばら(榛原)"は、ビルに書かれた"はいばら"の文字が記憶に長い."ば"”が崩し字で"む"のように見え、”はいむら”と間違って覚えていたからだ.ビルは6階建てくらいで濃い茶色のビルだったはずだ.東急百貨店の永代通り向かい側にあって長いこと見ていなかった.最近になって、そのビルを撮影するつもりで行ってみた.付近をを見てみると、一帯は白い塗装鉄板で覆われビルは跡形も無くなっていた.一帯のいくつかのビルを壊し大きなビルでも建てるのであろう.今はその区画の隣のビルで間借りをして営業しているようだった.わずか遅かったようだった.新宿の厚生年金会館、銀座の尾張町ビルなども行ったときにはビルは消えていた.厚生年金会館はすでに2010年3月末を持って閉館されていたことを後で調べて知った. 東京駅丸ノ内口前もその敷地の形こそ変わっていないが、丸ビルなど、だたっ広く頑丈そうで何か落ち着きのあるビルは消え、華奢な忙しげな高層ビルに変わってしまった.昔見たことののある古い建物は早く見納めをしておくべきだろう.しかし可能ならできるだけ残して欲しいものである.

2011年12月1日木曜日

春日通り

はじめて来た押上駅を地上に出ると、開業間近いスカイツリーを見上げる人達が写真を撮っている.押上駅から四ツ目通りを京成橋を渡り南に行くと、横川交番前に出る。交差する春日通りを東に少し行くと、春日通りの東端、横十間川にかかる栗原橋である。橋の名前はかつてこの辺りにあった紡績会社の名前だそうである.橋の手前は江東区横川、渡った先は江東区亀戸で、川に沿って200m程南に行くと学問成就の天神様として有名な亀戸天神に裏手から入ることになる。若い頃来たことがあるが、亀戸駅から来て正面から太鼓橋を渡った記憶がある.この日は、七五三で正装した親子で混雑していた.菊の花の展示も行われていた. 栗原橋に戻り、右手にスカイツリーを見ながら、春日通りを西に行くとJTの大きなビルの先に横川橋が見えてくる。橋の下には、かつて大横川が流れていたが、今は埋め立てられ親水公園になっている。そこをすぎると住所は本所となり、通りには昭和を感じるような古い佇まいの商店や住宅がまだ残っている。栗原橋からまっすぐに来た通りは2km程で少しカーブして、隅田川を渡る.橋の中でも3つのアーチの美しい厩橋である。隅田川には平たい形をした大型の観光船が行き交っており、上流にスカイツリーとビール会社の金色のビルとモニュメントが望める。今回歩いたのは、文京区役所に近い富坂下まででそこまでには蔵前、御徒町、上野広小路、湯島、本郷、春日など古くからの街が多い.春日通りは富坂下から更に小石川、茗荷谷、大塚、を通り池袋六叉陸橋まで続く.